解説草津温泉の歴史

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草津温泉の歴史開湯の歴史は古く、日本武尊や奈良時代の名僧行基、源頼朝がそのはじめとの伝説を持つほど、古くから知られた湯治場である。

源頼朝が浅間山で狩りを行なった際に、木曽義仲の遺児を草津で匿っていた細野氏に出会い、湯本の姓を与えて地頭とした、との記載を持つものもあるが、確実な史料への登場は室町時代の文明4(1472)年に浄土真宗の名僧蓮如が当地を訪れたことを記すものであり、この頃にはすでに全国に名の知れた湯治場となっていたようである。

戦国時代には、豊臣秀吉が徳川家康に草津入湯を勧めた書状なども伝わっている。

江戸時代に入ると、初期には真田氏の沼田藩下に、後に天領となり幕府の直轄支配を受けている。交通の便はあまり良くなかったが、年間1万人を超える湯治客で賑わったという。60軒を超える湯宿があり、幕末には「草津千軒江戸構え」といわれたほど栄えていた。

明治時代に、お雇い外国人として来日したドイツ人医師エルヴィン・フォン・ベルツによって、その良さが再発見され、大正時代には軽井沢から草津まで軽便鉄道(草軽電気鉄道)が開通したほか、後に高崎や渋川からバスも乗り入れるようになった。長野原線(現吾妻線)が長野原駅(現長野原草津口駅)まで開業したのは昭和21(1946)年である。



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